その2 カイ・ハンセン最強伝説





MMさんのヴォーカルの評価はとっても辛い。
いや、好みがうるさいといった方がよいのか。
彼を納得させるには、音程やリズム感といった、通常問われる歌唱力だけでは足りない。
いくら上手いヴォーカリストでも、ちょっと気の抜けた作業をしてしまうと
「こんなのはダメだよ!」
と、ダメヴォーカリストの烙印を容赦なく押されてしまうのだ。
彼が今までに「ダメ」烙印を押したヴォーカリストといえば、
ブルース・ディッキンソン、イアン・ギラン(嫌いなタイプのようだ)
ロニー・ジェイムス・ディオ(何ぃぃぃ!?と思う人多数だろうな〜)
マイケル・キスクだって例外ではないのだ。(えええ〜?)
ま〜大体傾向は知れていて、
狭い一定音域でしか歌っていなかったり、
上手いが故に「片手間で歌ってる」感が滲み出ていたり、
あまりにきれいにそつなく歌えていたりする場合が多いようだ。
そんな彼が「こいつはすげえぜ!」と褒め称えたことのあるヴォーカリストは、
私の記憶では、ロブ・ハルフォードと、ラルフ・シーパーズと、
キング・ダイアモンドの3人くらいである。
(3つ目は笑う所ではありませんよ〜。マジです。)
それって単なる好き嫌いでは?う〜ん。そうかも知れない。

とにかく、ヴォーカルに対しては異様なばかりの厳しさを見せるMMさんであるが、
ある日のこと、全く信じがたい発言をぶちかましたのである。
曰く、

「カイ・ハンセンって、すっっっっごく上手いヴォーカリストだよね〜!!!」

なんだとぉ!?
キミ、ちょっとそこに座りたまえ。
いいかね、マイケル・キスクやロニーを「ダメ」呼ばわりしているキミがだね、
よりにもよって「カイ・ハンセン」が「上手い」だなんて、
一体どの口が言うのですか〜!!!

ここで知らない人にも解説しておこう。
カイ・ハンセンとは、Helloweenの創設メンバーであり、
ギタリスト兼初代ヴォーカリストであった人である。
80年代中期、Helloweenはワールドデビュー前にもかかわらず、
その楽曲の格好良さと斬新さで、早くもマニアックなメタラーの間では話題の存在だった。
例えばデビューミニアルバム1曲目の「Starlight」などは、超名曲の一つとも言えよう。
その素晴らしい展開を予感させる超かっこいいイントロに、
初めて聴くメタラーは興奮を覚え、期待に胸を膨らませる訳だが、
その大いに気持ちが盛り上がった次の瞬間、

 「フンガガフンガ、フンガフンガフンガガ〜♪」

・・・この瞬間、全ての聴く者は困惑と失笑に余儀なく包まれる。
カイ・ハンセンの、
薄っぺらく、間の抜けた、やる気あんのか?的にゆるゆるの、
恐ろしく下手くそなヴォーカルによって。。。
全ての初期Helloweenを聴いたメタラーは、こう思ったに違いない。
こんなに曲が格好いいのに、ヴォーカルはこれかよ! 台無しじゃん!
その後Helloweenは、これじゃいかんと思ったのか、
専任ヴォーカルとして超ハイトーンでメチャうまのマイケル・キスクを加入。
(カイがギターと兼任は辛いから、というのが公式見解のようだ。念のため。)
見事ワールド・デビューを果たし、ここ日本でも大いに人気を博すのである。
カイはハードなバンド活動に体を壊し、程なくHelloweenを脱退。
しばらくの充電期間をおいて、自身のバンドGamma Rayを結成。
結成当時は、専任ヴォーカルとして
ロブ直系の超ハイトーン・ヴォーカルを駆使するラルフ・シーパーズがいたが、
彼の脱退後は専任ヴォーカルを入れず、
よせばいいのにカイ自身がヴォーカルをとり、現在に至っている。
故に彼は、ニューアルバムを出す度にインタビュアーに
 「今後もずっとあなたが歌っていくのですか?」
 「新しく専任のヴォーカリストを入れようという考えはないのですか?」
などという失礼極まりない質問を受けるという憂き目に毎回合っている。
そう。
カイ・ハンセンといえばヘタくそ。
ヘタくそといえばカイ・ハンセン。
恐らく全世界のメタラーの99.9999%位はこの認識を共有していると思われる。
彼はもうメタル界の「ヘタくそヴォーカルの代名詞」と言っても過言ではあるまい。

その(へたっぴな)カイ・ハンセンを、
あの(厳しい)MMさんが、
「上手い」だなんて!

価値観の相違・・・
これ程までの意見の食い違いを、私は今までに経験したことはなかった。
こんなことで、これからの夫婦生活を円満に過ごしていけるのか?
一抹の不安が胸をよぎる。
しかし、彼も私も同じメタルを愛する者同士、
なにか納得できる理由があるのかも知れない。
私は、彼が何故あのカイのヴォーカルが上手いなどという世迷い言を言うのか、
その原因追及に努めた結果、
次の2つの有力な情報を得たのである。
即ち、

 ・MMさんは、初期Helloweenでのカイのヴォーカルを今一つ記憶していないらしい。
 ・MMさんは、Gamma Rayによる「Victim of Changes」を聴いて上手いと思ったらしい。

私はGamma Rayの「Victim of changes」を聴いたことがなかった。
「Victim〜」といえば、Judas Priestの初期の名曲中の名曲。
稀代のヴォーカリスト、ロブ・ハルフォードがなぞった素晴らしいヴォーカルラインを、
あのへたっぴカイちゃんに上手く歌えるものなのだろうか。
しかし、MMさんは言う。

「カイは凄いよ!ロブ程とは言わないけれど、でも
ロブに近い所までいってると思うよ!」


何だとぉぉ!!!
あの「ロブこそ至高!」と常日頃から言わんばかりのMMさんが、
「ロブに近い」とまで言うとは!
頭がおかしくなったのか?!
私は俄には信じられなかった。
とりあえず現物を聴くまでは何ともいえない。
しかし、確かめるにも私もMMさんも音源を持っていなかった。
大きな認識のズレを抱いたまま時は過ぎる・・・。

そんなある日、ふと中古CDショップで、
Gamma Rayの「Valley of the king」という4曲入りシングルを見つけたのである。
それにはかの「Victim of Changes」のカヴァーが入っていた。
これは!MMさんの発言が果たして真実かどうか、確かめるチャ〜ンス!
迷わず購入し、聴いてみる二人・・・。

!!!!!
なんと、その曲でカイは!
カイは、上手いんである!
ほんとなんである!
まるで、ロブに追いつくかのように!
信じられん!
本当だよ!本当にカイが上手いんだ!
未だかつてこの人の歌が、こんなにも上手に聞こえることがあったであろうか!
いや〜、MMさんの言うことは正しかったよ。
疑ってすまん!

カイ・ハンセンがヘタクソだと思っているそこのキミ!
キミも信じられないだろうが、
ゼヒGamma Rayによる「Victim of changes」のカヴァーを聴いてみたまえ!
百聞は一見にしかず!いや、一聞にしかず!?あれ?
とにかく聴けばわかる!
いや〜。機会があったらゼヒ、聴いてみることをお勧めしますぜ。

そしてその後しみじみ思うんである。
こんなに上手に歌えるのに・・・、何故、ナゼ?!
カイ、キミは他の曲ではあんなにもヘタくそなんじゃ〜?!
思うに、上手いお手本があると、きっと上手く歌えるんだ。
きっとそうなんだ。
カイのヴォーカルに、今後も飛躍がありますように。

因みに、MMさんにも、私が何故カイをドヘタヴォーカル扱いするのか納得いただくために、
初期Helloweenの名作群をたっぷり聴いていただいた。
今では二人とも、「Victim〜」では褒め称え、
「Ride the sky」ではゲシゲシ笑うという
共通のリアクションでもって聴く毎日である。
めでたし、めでたし。
 






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